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SEX&THE CITY

2008/08/29 23:45
今日は、映画「SEX&THE CTY」を観にいってきました。

うつで休職中ですが、映画にいけるくらいに回復しています。

ニューヨークには一度だけ行ったことがあります。
ニューヨークを謳歌している、40過ぎの女性達を描いた映画です。
叙事詩のような感じを受けました。
主人公は、女流作家と同年代の親友3人です。
二人は結婚していて、そのうち一人が夫の浮気で別居中です。
彼女は弁護士です。
残りの二人が作家とロサンゼルスで俳優のマネジメントを行っている
女性です。
40になっても独身時代のままに、都会生活をエンジョイしている彼女達に
憧れたり、自分を投影する女性が大勢いるのでしょうね。

個人的な感想としては、親友と呼べる人たちといつも一緒に過ごせる
というのは、とても素敵だな、と思いました。

観客も女性の二人連れが多かったですね。
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休職後の経過

2008/08/27 23:27
7月1日から休職しました。

最初の一週間は、起き上がるのが辛かったです。
体が、棒になったような感じでした。
筋肉が緊張した状態だったのかと思います。

うつ病になると昼夜逆転という状態が起きるそうです。
関連書で知りましたので、まず気をつけたのはこれです。
とにかく、朝食を食べる。

その後で横になることが多いですが、これはなるべく守るようにしました。
後、散歩ですね。
家の中にずっといてゴロゴロしているのも内向しますので、一日に一回は必ず
外出するようにしました。

最初の週に、会社の同僚から携帯電話にメールがはいり、「早く出てきてください」
という内容だったのですが、これでフラッシュバックがおきました。

慌てました。急に動悸、編頭痛が起こり、寝ても寝付かれず、
横になってうんうん唸る状態です。

もしや、これはPTSDではないかと思って、翌日、精神科の先生に受診しましたら、
パワハラの場合、そういうことがありますと言われました。

あらかじめ、貴方の場合は、休むだけでは難しい、と言われていたのですが
このことか、と納得できました。

それでもこの一週間で感じたのは「命拾い」でした。もし、休まなかったらどうなっていたのだろう
という感慨を持ちました。しかし、あわせて、戻れるのだろうか?という不安も芽生えていました。

2週間ほど経過して、主治医の先生に診てもらいに行ったのですが、主治医の先生が会社が入っている
ビルにありますので、行く前に物凄い下痢に襲われました。電車で通えず、徒歩で行きました。
そういう状況を言うと、もう一ヶ月休養してください、と言われました。
拒否反応が出てますよ、ということでした。
これは認めざるを得ませんので、休職期間を延ばすことにしてそのことを会社の健康管理室の
人に電話で連絡しました。
かなり心配してくれて、上司へ提出する診断書をどうしようか相談しましたところ、代わりに持っていって
くれることになりました。助かりました。自分でこの件を話しにゆくとなるとゾっとします。

それから7月の後半に入ってくると、8月も休めるという安心感からか、どんどん体調は回復してきました。
その頃は、うつ病であることはまず誰にもわからない状態ではなかったかと思います。
8月に入ってすぐに健康管理室の看護師さんに、8月中には復職できると思います、と告げたのですが、
電話口であまり喜んでもらえなかったので、あれっと思ったのを覚えています。

この頃は、やはり朝食を食べた後に、午前中は横になることが多かったのですが、
それ以外はもう直ってるのじゃないかと自分自身感じるようになりました。

この状態は8月前半まで続き、体力を養うためにプールに通うようにもなりました。
ここ4年ほど週一回水泳に通っていたのですが、その頃は500mほど泳いで、1kmほど
歩くということをしていました。すぐにはそこまでいきませんでしたが、泳げるようになったという
ことは多少自信になっていました。

お盆は、帰省し墓参り、同窓会、友人との会食など普通にできました。いつもと違うのは
お昼ごろに無性に眠くなって昼寝をするようになっていたことです。まだ、万全ではないな、
という感触を持ちました。

で、戻ってまいりました時に、起き上がれなくなってしまいました。丸2日間です。
殆ど何も食べられず、ただ横になっているだけです。とにかく動けない、動きたくない
という状態でした。2日経った後、主治医の先生に復職の件もあわせて相談しましたところ、
9月からの復職可能という状態ではありません。復職が近づくと拒否反応が出るので
復職する際に、職場をうつれるのかどうかを会社と話すようにしないと、とアドバイスを受けました。

私のことは今は先生の方が良くわかっているみたいです。
知らず知らずに上司を避けているのですね。近づきそうになると体に不調が出てきます。
結論的には、職場を移るしか解決の道はなさそうです。

職場を移るのは、個人的にはありがたいのですが、そうそう都合の良い職場はないでしょうし、
そんなに虫の良いことができるのだろうか?左遷みたいになるんじゃないだろうか?という
不安もありますが、今の心境としては、職場を移って、新たな職場でひたすら貢献したいという
気持ちになりました。
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うつの見つけ方

2008/08/27 01:34
私の経過は大体こんな感じです。

4月  ・昇進する。直属の上司に小部屋に連れ込まれ、一日3時間程説教を受ける状態が続く。
     ・会議の資料を何度も作り直しを命じられる。大体一つの資料は1週間かかっている。
     ・終業時刻が段々遅くなり、20時〜22時頃になる。(それまでは19時頃が多かった)
・会社を辞める決心をして家内に話すが、泣かれる。自分がおかしなことを言っているのに気づかいない。
    
5月  ・直属の上司の説教、攻撃が一段と激しくなる。話すのが怖くなり始める。みんな前で罵倒され始める。
     過去の仕事を非難され始める。降格をちらつかされる。
     ・休日の出勤が増える。
     ・家内に医者に行くよう言われる。
    ・初めて精神科で診察を受ける。効うつ剤は当初メイラックス1mg、デパス1mg。メイラックスで昼間眠くなる     ことを伝えるとジェイゾロフト25mgに変更
     デパスは非常に良く効いて寝つきが良くなる。
    ・精神科の先生が顔を見ただけで、うつとわかると言う。意外であった。
    ・診断書を書きましょうか?と言われてなんだか安心できたように感じた。精神科の医師への信頼感を覚える
    ・精神科に初めて診察を受ける日の始業前に上司に相談する。医者に行くと病気にされるぞ、と言われる。こ     こで頑張れるかどうかで将来が決まる、ということを言われる。
    ・実はこの頃、遺書を書いていた。
    ・お寺に行って写経を始める。

6月 ・勤務中に、動悸、体の熱感を覚え始める。これに対して、頓服剤としてリーゼ5mgを服用する。
    ・再度家内から休むように言われ、医師に相談。診断書を書きましょうか、と言われるが、不安が残っていたた    め、まだ大丈夫と言う。
   ・ジェイゾロフト50mgに増量。
   ・上司の目つき、言葉遣い、何もかも嫌悪感で一杯になる。自分に対して悪意をもっている、わざと嫌がらせを    やっているという考えに取り付かれる。
   ・休みの日でも仕事が気になり、頭から離れなくなる。
   ・パソコンを開いても、何から手をつけてよいのかわからなくなる。
   ・部下に、自分の症状を伝える。
   ・会社のメンタル・カウンセリングを受け、うつであることをはっきりと告げられる。勤務時間を短くするか、何か     手を打たないとそれこそ休職することになるといわれる。
   ・上司にカウンセリングの結果を伝えた。一応の勤務変更案を示されるが、それを見て絶望的になる。部下の    仕事の全進捗を行い、上司に週一回伝えるというものであった。実は何一つ変わっていない。
   ・健康管理室の保健師に、うつ病の治療を受けていることを伝える。医師からのアドバイス。
   ・来客があった時に、後頭部に熱を感じたのと、後ろにひっくり返りそうな感じを受けて、もうここまでと覚悟を決    めた。
   ・健康管理室の保健師に休みたい、と相談すると、「そうしてください」と言われる。
   ・翌日、医師に診断書をもらい、その翌日上司に提出する。何をして欲しいの?と言われたので休ませて欲し 
    い、と答えた。どれくらい?と聞かれ、1ヶ月と伝えた。ああ、いいよ。という返事で休職が決まる。
   ・休職までの出勤日、胃の辺りに熱を感じ、捻じ曲がるような感じを受けた。トイレにしゃがんでいると足がガク
    ガク震え始めた。2時頃に目が覚め、眠れない状態に。頓服剤のリーゼを初めて飲むとびっくりするくらいに
    効いた。
   ・健康管理室の保健師からは、パワハラではないか、と言われ、初めて我に返ったような感じがした。

7月から休職が続いています。


私は、なかなか自分がうつであることを認めることができませんでした。うつ病に罹るような人間は、精神的に弱いのではないか、気の持ちようで直すものではないか、という考えがずっとありました。ましてやパワハラでうつ病になるなんて、やわな人間であるように思え、認めたくありませんでした。しかし、うつ病と言うのは、外見では何ともないのですが、苦しい。心臓がバクバク、夜眠れない、というのは苦しいです。その頃、グルグル回りという状態ではなかったかと思います。休みたい、休めない、休みたい、休めない。この間をグルグル回っていて抜け出せません。
それまで、殆ど会社を休んだことがありませんでしたので、病気、しかもうつ病で休むということなど想像できませんでした。こういう思い込みがあって、休むことよりも辞めることを考えるばかりでした。


現在、単身赴任しているのですが、月に一度くらい自宅に戻り家内に会います。
わたしのうつの第一発見者は家内でした。
実は、家内は2年ほど前からうつ病を患っていまして、その頃はお医者様からは直ってますよ、といわれている頃でした。
自分がうつ病になってわかったのですが、家内は自分の症状を調べるために相当関連書を読んだそうです。私も自分がうつ病であることがわかってかなり関連書を読みました。このうつ病というのはどうもそういうことを促すようです。自分の症状が把握しづらいのだと思います。なぜ、なったのか?どうやって直せばいいのか?何をやったら直るのか?よくわかりません。そこで参考になりそうな本を片っ端から読み始めることになりました。
私が、自宅に戻った時、うつ病の最も端的な「自分を責める、会社を辞める」ということを延々と語っていたようです。
私の記憶では、自分の考えを受け入れてくれない家内に少々腹を立てていたように覚えています。その時家内が、
何をしてもいいけど、まず医者に見てもらって、休養してからにしてくれ、というようなことを涙ながらに訴えてきました。
その場では返事をしませんでしたが、かなりのストレスを感じていた私は、初めて精神科のお医者さんに診てもらう決心ができました。ネットで検索して、住まいの近くの医院を見つけて電話をかけたところ、2週間待ちだと言われました。当時、平日に医者通いなど考えられない状況でしたから、土曜日診察で連絡したところ、5−6件かけてもその週で診てもらえる医院は見つかりませんでした。そこで、最初2週間待ちと言われた医院に予約をいれました。
ところが、予約をしてみると我慢していたつっかい棒がミシっとしなったようで、心臓バクバクといううつ病でよく見られる症状が頻繁に起こり始めました。動悸ですね。そこで、慌てて会社と同じビルにあった精神科に駆け込みました。

今思えば、家内がうつ病の知識を持っていてくれたことで助かりました。また、同僚達も、私の様子をみていて、休職に入る時に、優しく見送ってくれたのがありがたいことでした。数年前に部下もうつ病を患いました。その時自分の態度はこんなに優しくはなかったように思います。回りの人に恵まれましたが、今回復職に際しては、元の職場には戻れないと思います。客観的なことではありませんが、原因は、パワハラですから。今でも後遺症が出ます。
同じ上司の下、パワハラまがいのことを味わっている同僚には申し訳ないのですが、どうもそういうことになりそうです。

うつ病は、なかなか自分で見分けるのは難しいようです。
1.不眠
2.会社に行きたくない
3.憂鬱な気分が抜けない
といったことが2週間続いたら、お医者さんに行ったほうが良いと思います。私も今回初めて診察を受けましたが、本当に助かりました。命拾いをさせていただいたように思いました。

うつ病は、知らない間に進行しますので、早めに対処することをお薦めします。
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うつ病になってしまいました。

2008/08/26 00:15
久々に書き込みを行いました。

実は、私、うつになってしまい、暫く静養をしておりました。
今も、お医者様の許可がまだ下りない状態です。

私がうつになった原因は、「パワハラ」によるものです。
パワハラと客観的に決定したわけではないのですが、上司との人間関係によるものです。

このため職場復帰がスムースに進まない事態に到っています。
病気になって初めて知りましたが、この病気は物凄く多いのだそうですね。

お読みいただく方に参考にしていただけるように、暫くは私が罹った「うつ病」とその原因などについて
ブログで紹介させていただきたいと思います。
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しばし東京を離れ

2007/12/29 23:39
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大阪に戻って参りました。新幹線は満席、久しぶりに帰省ラッシュに遭遇した感じです。写真は、新阪急ホテルです。
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隅田川ウォーキング

2007/12/24 13:55
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今日は浅草から隅田川にそってウォーキングしました。強風でカメラをもっていかれそうなほどでした。
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いよいよ第9

2007/12/23 01:25
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今日はアークヒルズにあるサントリーホール、第9に参りました。毎年末これだけは、外せません。今年は初めて東京で行くことになりました。一年の終わりは必ずやって来るのですね。
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私のプロ野球界改革論

2007/12/16 23:32
今年も日本からスター選手がアメリカのメジャーリーグへの移籍を決めている。
中日の福留。WBCでの代打ホームランが印象的。高校生のときから記憶にあるが、その頃から格別な選手、ずば抜けた選手だった。日本最高の打者の一人だろう。
さらに黒田投手。本格派の右腕。タフな印象。松坂のような活躍を期待してもよさそうだ。
福盛投手もレンジャーズに移籍。阪神の藤川投手もメジャー行きの希望を球団に伝えたという。

こういう事態が続けば、日本はアメリカのマイナーリーグのようになってしまうのではないか、
と言う評論家もTVに登場するが、プロ野球に身を投じるようなスポーツ選手が可能性があるのにレベルの高い場所を目指さないはすがないだろうというのが私の考え。

日本のプロ野球に入るときも最高レベルの場所で野球をやりたいという気持ちがあるのではないか。彼らは、何より殆どの人生を野球に捧げてきた人たちであり、野球の世界でトップを目指しているのだから、世界最高のアメリカで野球をやりたいというのは当然だろう。

では、日本はアメリカのマイナーリーグになるのか?
日本は、アメリカに匹敵するメジャーリーグを築き上げることを考えるべきだろう。今でも日本のプロ野球チームは親会社の宣伝という存在でしかない。日本という箱庭の中で熟成されてきたものである。日本のプロ野球チームと言うのはそのせいか、利権意識が強くて、最近でこそセパ交流戦が行われるようになったが、近鉄球団の解散、選手組合のストライキがなければ起きなかったことで、なぜ交流戦をやらなかったかと言うと、セリーグがドル箱の巨人戦放映権料を失うからである。日本のプロ野球は巨人だけが圧倒的な人気を得て、そのお釣りでセリーグ球団が潤っていたという特殊な状況にあり、パリーグに到っては殆ど我慢比べのような経営状態で、近鉄が遂にギブアップをして球団経営の実態がようやく世間の知るところとなるという伏魔殿のような世界。

こういう球団経営しかやっていないような連中が、選手を引きとめようというのは虫が良すぎるようにも感じるし、そもそもプロ野球経営に情熱を注いでいるような経営者も見当たらない。

そろそろ日本のプロ野球チームは、親会社の宣伝チームを脱してゆかなくては、最初からメジャーと契約するアマチュア選手も出てくるだろう。最近の札幌や博多などを見ると、地元のチームというのはやはり応援したくなるわけで、サッカーJリーグが行っている、親会社と球団をメインサポーターという関係に持っていくべきだろう。

そして、ある程度独立した運営ができる経営を行うのと同様に、アジアにリーグを拡大すべきと思う。アメリカのメジャーリーグには世界中から選手がやってくる。特に南米出身者は今やメジャーリーグを支えているともいえるだろう。日本では外国人枠というのがあるが、何のためにこんな制度があるのか良くわからない。アメリカ、EUについで北東アジアの経済力は大きいわけで、韓国、台湾、中国と一つのリーグで選手補強も制限なしで行うべきと思う。アメリカは、ナショナルリーグ、アメリカンリーグの中がそれぞれ3地区に分かれてリーグ戦を戦っている。北東アジアなら、飛行機を使えば移動に支障があるとも思えないし、地区を割ってリーグを形成すれば、スケール感ではアメリカ大陸と匹敵するのではないか。

政治や経済の交流の先鞭をプロ野球が担ってはどうだろう。スポーツとは本来そういう国境を越えて人々の気持ちを結びつける役割があるのだろうし。
そうなれば発展の可能性はあるし、アメリカのメジャーチームと真の世界一を争えるリーグになるのはかなり濃厚だと思うのだが。
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日光街道

2007/12/16 14:34
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南千住駅から日光街道に出たところにスサノオ神社というのがありました。字が難しくて書き込めません。絵馬がびっしり本殿に祀られていました。荘厳な感じです。
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日光街道

2007/12/16 14:28
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千住大橋の北側に松尾芭蕉の奥の細道の碑がありました。ここが出発地点だそうです。ふ〜んと思わずみいってしまいました。
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日光街道

2007/12/16 14:25
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今日は南千住から北千住を歩きました。南千住の駅を降りたところに回向院というお寺があり、橋本左内のお墓がありました。日本で初めて腑分け・解剖が行われた場所だそうです。東京っていろんな見所がありますね。
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長時間労働

2007/12/11 21:58
例に漏れず、長時間労働に陥っています。
最近は、平均で20時くらいが退社時刻になるでしょうか。
若い時分は、深夜残業もしょっちゅうでしたが、
夜遅いのは堪えますね。

家に帰っても、さすがに何かしようという気持ちがわいてこないです。
一番困るのが、料理をする気持ちがわかないことですね。
遅くなると、自炊より外食が多くなります。


私よりの年上の人がもっと遅くまで残っていますが、
信じがたいことです。
でも、昼間はあまり仕事に集中しているように見えませんので、
それなりの時間をかける癖がついてしまっているのでしょう。
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樋口一葉

2007/12/10 23:45
先週、樋口一葉記念館に行って以来、樋口一葉に嵌っています。
若い頃は、読むのに抵抗があって名前は知っていても本を読んだことはありませんでした。
それでも「たけくらべ」「大つごもり」などは、有名なので筋書きはある程度しることができましたが。

やはり、本物を味わいたい、と思い直して今更ながらですが、
読み始めています。

樋口一葉その人への興味も深く、いろんな方がお書きになった評伝も
一杯買い込んでしまいました。

しばらくは樋口一葉三昧です。

興味を抱いているのは、戸主という立場であって、家の生計を立てるために
お店を開いていたということです。そして奇跡の14ヶ月で後世に残る名作を
一気に書き上げ、僅か24歳で逝かれたという、あまりに短い人生。
どこで、その文才を発揮できたのだろうと思っておりましたら、萩の舎という
女流歌人の集まりがあってそこに通っていて、やはり秀でていたそうです。
いろんなことに悩まされながら、遂に作品をものにするに到るのですが、
樋口一葉を生み出したその時代にも興味が沸きます。

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西岡、トノマ説

2007/12/08 23:32
オリンピック予選を描いた、NHKドキュメントをTVで見ました。
星野監督のアジア予選を勝ち抜くための戦略を描いたものでした。スコアラーの力量を知らしめるものでもありました。気になったのは、WBCの話題が殆ど見当たらなかったことです。アテネオリンピックの話は再三出てくるのですが。意図された編集ではなかったでしょうか。

グラウンドで活躍している監督と選手。彼らが良いプレーをするには、情報が必要です。
それくらいまでにスポーツの世界が高度化しているということだと思います。
力と力というのもあるのでしょうけど、拮抗した者同士が勝負する場合、情報が大きな要素になっているのですね。
日本と韓国。恐らく平均では日本の選手送が上回っていますが、ナショナルチームになればトップクラスの選手でチーム編成を行いますので、もう差はなくなりますね。
今のプロ野球チームもそうですが、135試合を勝ち抜くには選手層の厚さの勝負になっています。レギュラーだけで一年間を戦えれば、そのチームが間違いなく優勝できるでしょうね。
レギュラークラスでは、それほど大きな差はない、とかつて広岡監督や大沢監督に聞いたことがあります。
ですから試合に出続けるレギュラークラスの選手というのは貴重です。


WBCで、とにかく驚いたのは西岡選手です。これほどのセンスのある選手がいたのはびっくりしてたちまちファンになってしまいました。バントですね。そして盗塁。セカンドの守備も見事。
器用な感じですし、何よりリズムが感じられます。
これは、トノマだな、と直感的に感じました。背も高いですし、ハンサムですが、野球センスは水島新二さんが描いた、とのまに匹敵するのじゃないでしょうか。

北京では、秘打、バントですね、に期待しています。日本ナショナルチームの一番バッターに相応しい選手です。



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眠くなる症状

2007/12/06 22:06
原因がわからないのですが、一日のうちの昼間だったり、午前中だったりいつ襲ってくるか判らないのですが、突然、ものすごい眠気がやってくるのです。
運転中に襲ってくる眠気に似ていて、どうやっても振り払えないので、しばらく眠気と格闘しなければならないほどです。
実は、こういうことは今まで余りありませんでした。
よく、仕事中にこっくりこっくりいっている人を見かけたりするのですが、私は常に覚醒しておりまして、居眠りなど殆どしたことがなかったのですが、ここのところほぼ毎日、どこかのタイミングで猛烈な眠気に襲われます。

今日は、午前中会議だったのですが、そこでいきなり猛烈な眠気がやってきました。一生懸命話を聞こうとするのですが、気がつくと次の話題にいっています。発言機会があまりなかったので助かりましたが・・・。

麻雀放浪記で有名な阿佐田哲也氏が、麻雀をやってる最中に眠りだすという病気にかかっていたそうです(麻雀中だけではなく、緊張すると眠るらしい)が、それなのかな、とちょっと心配気味になっています。
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星野ジャパンに感激!

2007/12/03 23:54
オリンピックの予選がこれほどの熱い戦いになるとは・・・。
WBCで王者に輝いているため、少し油断していました。韓国も台湾も強いですね。相手方は日本人がどう見えているのか判らないのですが、韓国の人も台湾の人もポーカーフェイスで勝っていても不気味でしたよ。

無事に3連勝してくれましたが、日本チームの戦いぶりを見ていて、2006年のワールドベースボールクラシックでの世界一になった影響を随所に感じました。
イチロー選手はいませんでしたが、彼の熱いハートは引き継がれていたように思います。

西岡、川崎、青木、新井という1番から4番までの選手はWBC優勝経験者です。キャプテンは同じく宮本。キャッチャーの里崎。ピッチャーでは、上原、藤川、小林。スポーツ新聞の報道などで、経験者がチームをひっぱている様子を感じていましたが、厳しい状況でどうやって自分のプレーをすればよいか、こういったことを経験者が伝えていたよう見受けられました。

もっとWBCメンバーがいるかと思っていたのですが、案外少なかったですね。プロ野球界の新陳代謝というのは早いのですね。

昨日の韓国戦も痺れましたが、今日の台湾戦も痺れっぱなしでした。サブロー選手のスクイズの後一気に畳み掛けましたが、WBC準決勝を思い出しました。韓国戦で福留の代打ホームランと一気の3連打。あの時も川崎、西岡、宮本がいましたよね。こういう点の取り方ですね。一気に流れを引き寄せる戦い方、このためのファイティングスピリットを常に絶やさないで燃やし続けるという戦い方ですね。これはイチロー選手があの時持ち込んだものではないかな、と思います。

星野ジャパンにしっかりと世界一チームのスピリットは伝わりました。それにしても、またまたこのチームからメジャー行きが出てくるのでしょうね。ダルビッシュは時が着たら間違いないでしょうね。体力のありそうな選手は、メジャーでもやれそうですね。
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浅草ウォーキング

2007/12/02 13:49
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今日は三ノ輪から蔵前のコースを歩きました。このあたりは、吉原遊廓の雰囲気がある場所でした。写真は見返り柳と呼ばれているもので吉原で遊んだ人が振り返った場所だそうです。近くに樋口一葉記念館があり、その頃の様子を忍ばせる展示品がなかなか良かったですよ。
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食品事件を考える。

2007/12/01 23:57
相変わらず食品の賞味期限表示をめぐる事件が続いている。
こういうことには格別厳しいと思っていたマクドナルドでも起きた。
詳しくは調べていないので、勘に近いのだが、この事件の遠因には共通のものがあるような気がする。
まず、賞味期限という意味が、今では保証期間という受け止め方をされているのではないかということ。
たとえば、家の冷蔵庫で買い置きの食品が賞味期限を過ぎていたらどうするだろうか。
それだけ見て捨てている家人を見たらまず叱るだろう。
なぜか?食べられるのが判っているからだ。
逆に賞味期限が残っていても、食品は痛むことがある。
食べ物は、機械や道具とは根本的に違うものである。
ところが、工業化社会となっている今、工業的なものの見方が支配的になり、食品を見る目がおかしくなってきてはいないか?
工業製品は、基本的に分解すれば部品の塊である。部品を組み立てて作られている。一つ一つの部品は規格どおりなっていなければ組み立てられないので、規格を守ることが第一義的に考えられ、規格どおりに作ると品質が良いということになる。
食品の場合、美味しいものを品質が良いという。
食品の原料は実は規格がない。自然のものを磨り潰したり、丸めたり、切ったりしたものであるので、寸法どおりにしようとすると非常に無駄が出る。
食品は凡その世界なのである。
カロリー表示や栄養表示を行っていても、その通りという食品はない。標準ということになる。
食品はいわば自然にモノであって人間がコントロールできない要素が多い。
それに比べて機械は、人間が頭脳で考え出したものなので使い方から作り方まで人間がコントロールしている。
食品は放っておくと、腐敗するしカビが生える場合もある。機械は、サビたりするが食品のように腐敗することはない。
そこで賞味期限である。賞味期限を張り替えたというのは、消費者を欺く行為であるのでこれはよろしくない。しかし、賞味期限を過ぎたものを原料にしたからといって何が問題なのだろうか?賞味期限を過ぎていても、普段の生活では我々は平気で食べている。
食べ物はかつて食べる人が生産したり捕獲したりしていた。食べ物の生産方法は誰もが良く知っていたし、匂いをかげばどういう状態かもすぐにわかった。ところが食品流通が広がり、農業が都市を離れ、都市生活者には食品は未知のものとなってきてしまった。工場で生産される工業製品と同等とみなされるようになってしまった。
これが食品事件の背景にあるように思う。畑に種をまけば野菜は誰にでも作れる。しかし今の消費者はスーパー以外で野菜を獲得する方法を知らない。食品企業も、様々な添加物を使って、かつて考えられないほどの販路を拡大させている。腐敗しない(と思えるような)食品が我々の身の回りにたくさん出現している。
食品企業は、利益を獲得する手段として食品を製造し販売している。利益を獲得するにはよりたくさん作ってたくさん売る必要がある。100km以内で販売していたものを200kmに拡大し、次々と販路を拡大する。誰が作っているかなど消費者にはわからない。
かくして食品は工業製品となった。

この状況から抜け出すには、地産地消。自分の土地で採れたものを食べる習慣を取り戻すことが何より重要と思われる。産地から離れた場所に持って行くと価値が高まる。今はあらゆるものが産地から離れすぎている。

しかし、今の都市では地産はもはやできない。地産の「地」を少し広げて考えなければならないだろう。道州制ということが取りざたされているが、せめてこの単位てはどうかと思う。

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宮崎神宮に行ってきました。

2007/11/30 17:39
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菊の御紋は特別な有り難みです。
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宮崎神宮に行ってきました。

2007/11/30 15:26
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今日は出張を利用して宮崎神宮に行きました。宮崎県の神宮です。静かな場所でした。
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